ただのモノローグ

しがないヘイホーが書く日記

ヨルシカ「盗作」にのせて

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ヨルシカのライブツアー「盗作」がすごくよかったので、文章を書いてみようと思う。

 

このライブの感想を語るには、どうしてもアルバムの方の「盗作」から話しておかないといけない。

元々僕がヨルシカを好きになったのは、2019年のアルバム「だから僕は音楽をやめた」を何となく買ってハマったのがきっかけだった。同年に続編となるアルバム「エルマ」が発売され、さらにこの2枚のアルバムを軸にしたコンセプトライブ「月光」ツアーが行われる。

僕は大阪公演と東京の追加公演の2本に行ったのだけど、まるで演劇のような表現性の強いライブに衝撃を受けたのだった。

 

僕にとってヨルシカは他の好きなバンドとは少し違った立ち位置にいると思っている。基本的に僕は音楽を歌詞で聴いてハマるタイプなんだけど(そして大抵暗い歌詞にのめり込む)、ヨルシカはそれだけじゃない音の美しさとかを強く意識して聴いているような感じがある。もちろん他のバンドの曲も、いい音であったからこそハマれたというのがあるけれど。

 

そのあと2020年夏に発売された「盗作」は、自分の中でヨルシカのイメージがガラリと変わったアルバムだった。

音楽泥棒という物語らしい世界観はあるけれど、前の2作と比べると、その中身はかなり現実味が強い。何より暗い曲が多いゆえに、他のバンドのように自分の気持ちと重ねて歌詞を聴くことが多くなった。

 

盗作は初回限定版が書籍型の装丁になっているのだけど、そこにはアルバムのコンセプトを基にした小説が載ってある。内容をざっくり書くと、盗作家の男が出会った少年との交流と、その男のインタビューの描写が交互に転換して進んでいく。

前者の少年とのパートがいわゆる「現在」の時間軸のように見えるけど、コンポーザーのn-bunaさんが本当に伝えたいことは後者のインタビューパートの方に詰まっているように思う。

 

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あくまで僕個人の考察になるが、この小説の根幹は「心の穴の満たし方」だと考えている。これに関する内容はおおかたインタビューパートで書かれていて、現在のパートではあまり触れられていない。

いろんなものを盗んで心や懐を満たしてきた男は、幼少期に過ごした女性との夏の思い出を宿して生きている。大人になって彼女と再開し結婚するが、彼女は故人となってしまい、心の欠陥は決定的なものになってしまう。インタビューの中で、男はそういうことも淡々と話しているのだ。

それから男は盗作を始め、破滅のような形で心を満たし消えることを望むようになる。

 

僕自身、常日頃から自分の欠陥を意識してしまっているような人間なので、こういう内容の歌や物語にはやたらと敏感になりがちであった。当時の精神状態がよくなかったのもあって、何度も何度も聴き込んでいた曲が多く、そういう意味でも思い入れは強かった。

 

 

ずいぶん前置きが長くなってしまったが、こんなふうに「盗作」に色々複雑な想いや考えがあったので、今回のツアーは一体どういうものになるんだろうという緊張感があった。

 

結論からいうと、ただ暗いだけのライブではなかった。以前から僕のイメージしていた「盗作」とかなりかけ離れていたと言える。焦点が現在の時間軸ではなく、幼少期の夏の思い出に当てられていた。これは前日譚のようなものなのかなと思った。本編の暗い部分は、アルバムや小説で十分表現しきったという感じなんだろうか。

n-bunaさんによる曲間の朗読では、「前世」という言葉が頻繁に出てくる。(ちなみにヨルシカは、今年1月に「前世」というタイトルの配信ライブを行っている。)

盗作家の男が夢を見ているかのような、あるいは回想のような形でライブは進んでいき、ラストの花に亡霊が終わったあと、現実に戻って終わる。結局、男は彼女(妻)との思い出でしか心を満たせなくなったのかと考えざるを得なかった。

 

もちろん演奏もすごくよくて、ステージの演出も拘っていてすごかった。レプリカントのモニター映像とか、ライブ終盤の花火や桜の映し方とか。今回の座席は会場のほぼ中央、近すぎず遠すぎないステージ全体がよく見える所で、その演出効果を存分に楽しめる位置だった。

そして何といってもsuisさんの歌が美しい。曲によっては不安定そうな感情さえも表現しているようで、本当に雰囲気づくりがうまいなと思う。

 

ライブが開演し、n-bunaさんの朗読のあとに春ひさぎでずっしりとスタートしてからの、軽快なドラムカウント→思想犯という流れは最高だった。冒頭にして個人的なピーク。

思想犯はアルバムの中でも特に聴き込んだ曲だったので、イントロが始まった瞬間に涙腺が緩んでしまった。10代や20代前半の頃より少し、でも確実に涙脆くなったのを痛感させられる。

 

ライブのセットリストそのものは、「現実から夢へ、そしてまた現実に戻る」という形で考えると、自分の中でかなりしっくりくることに気付いた。

春ひさぎ~強盗と花束まではハッキリとした現実、昼鳶~花人局のあいだで徐々に夢へと入っていき、逃亡~嘘月の部分は完全なる回想。盗作から再び現実に戻り、花に亡霊で終幕、という風に。本来のコンセプトとは若干ズレているだろうけど。

 

 

情報が解禁されてからずっと楽しみにしていたライブだったので、本当に来られてよかった。去年と今との感情が絡まっていて咀嚼するのに相当時間がかかったけれど、うまい具合に飲み込めた今、もう一度観たいと思ってしまった。

ヨルシカの次のアルバムは、どんなものだろうか。

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