ただのモノローグ

しがないヘイホーが書く日記

余白を見逃さない

朝が極端に涼しくなる日が増えた。盆が明けると毎年こんなもんだっただろうか。

特殊な学校にいて高校生の年齢から8~9月が夏休みという環境だったので、9月になってもそこまで夏の気分が抜ける訳ではない。しかし自分の感覚に関係なく季節は変わっているようで、不安定な台風シーズンがやってきた。

台風の影響でライブが延期・中止になってしまわないか心配になる時期が、今年も到来したのだ。去年はヨルシカのアルバムツアーが開催されるかどうかが分からずに、直前までモヤモヤしていたことをよく覚えている。

 

7月末から8月頭にかけて、一瞬とはいえ職場でコロナが流行ったことで、「そのうち自分も絶対発症するだろう」といった不安と諦めが混ざった何ともいえない気持ちにやられていた。あとは仕事における協議の調整や出張などのプレッシャーに追われ、なんか8月はあっという間に過ぎていった。

こういう協議や打ち合わせのような業務は本当に苦手だ。過去に何度も失敗をやらかして、その都度怒られたり冷たくあしらわれたトラウマがずっと残っている。ちゃんとやらないと前に進まないからとりあえずやるのだけど、いつか自分の無知さがバレて色々言われる時が来そうで怖い。

まぁ実際大したことはやっていないがその出張ラッシュを無事に乗り切り、束の間とはいえ余裕が出来た。最近ずっとバタバタしているので、こういう余白は見逃さない。結局現在もコロナにはかかっておらず、身体はいちおう健康です。

 

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去年から何となくブログで日記を書くのを再開して、あと1ヶ月ちょっとで丸1年経つ。特に強いこだわりとかは無くてだらだら続けているという感じなのだけど、いいことがあってその気持ちを込めつつ書いたものは、割と長期的に読まれるものなのかなということが分かってきた。

自分のブログ記事のアクセスランキングを時々見ていて、本当に少しずつだけど変化があるのはいいなと思う。上位にあるものは大体どれもある程度熱意を込めて書いた自覚があり、つまらない日常の中にもちょくちょくいいことがあったのが改めて分かり嬉しくなった。

日記を続けている理由として、夏場に毎日書いてみるとどうなるだろう、という考えが少なからずあった。実際に書くとこんなもんか、といった感じだな。行きたい所に行って好きなものを食べて、それなりに夏っぽいことをやった気がする。

 

毎日の日記とは別にこうして近況も書きたがるのは、1日1日切り取ったものとは違った「最近こんな感じ」を定期的に吐き出さないと気が済まない性分でもあるからだと思う。

吐き出して出てくるものは大体後ろ向きな現状なのだけど、まぁ一旦文章として書き上げることでスッキリする何かがある。ブログの更新は毎回ツイッターにも投稿しているので、ワンクッション置いた長い長いツイートをしているような気分だ。

 

 

最近のことから数年前の出来事まで、色々嫌な記憶がぶり返してきてつらい。この先何をやっても意味がないような気がする。もうこういうのは一生抜け落ちないだろうな。

 

 

最近よく聴いている曲。

 

The ピーズ『生きのばし』

ピーズは全然通っていなかったのだけど、「生きのばし」って曲名はいろんなところで見覚えがあった。聴いてみるとすごく良い曲だった。

この曲をWALKMANに入れたくて、Amazonで中古のアルバムを買ったほどだ。仕事をやっていると、生きのばし、という単語が脳裏に浮かぶことが多くなった。

 

くるりloveless

8月のくるりワンマンライブで演奏を聴いてから、ほぼ毎日聴き続けている。

何故今までハマらなかったのかと思うくらい安心感をくれる歌詞。「失うことばかりじゃないのに」と歌ってから「失うことばかりで困るな」と言い直すところに、何だかグッとくる。最高のタイミングで聴けたのがよかったな。